おもいで

つつがなく年が明け、ゆっくり風呂に入って、テレビを少しだけぼーっと見て、もう寝ようかなと思っていた1時半過ぎに携帯が鳴った。着信音で誰からのメールかすぐ分かった。


【送信者】 大本 携帯
【件名】 あけおめ!
【本文】 おめでとう!卒業まであと少しだけど、楽しくやろうね!


クラスで少し孤立している僕に、こんなメールをくれる女子はのっちくらいだ。のっちはもう東京の大学に進学が決まっている。僕は親に頼み込んで、東京の私立を一校だけ受けるけど、たぶん受からないだろう。そのことはのっちにも言っていない。


【件名】 Re:あけおめ!
【本文】 あけましておめでとう。・・・


どう続けるか迷っている。本当は書いて送信してしまいたい言葉がある。

「卒業までに、なにか思い出作りたい」

ふたりで、とは書けないまでも。だけど、こんなこと書いて変に思われないだろうか。無難に「卒業までよろしくね」くらいでいいんじゃないかな。いやでも・・・。何度も文字を打っては消しているうち、もう時計は2時を回ってしまっていた。

もうのっちも寝ているかもしれない。こんな時間に携帯鳴らすんだったら、明日また考えよう・・・と携帯を閉じようと思った瞬間、携帯に着信が来て「わっ!」と声をあげてしまった。

画面に「大本 携帯」の文字。ドキドキした。一瞬にして喉が渇いた。おそるおそる出た。

「・・・もしもし?」
「もしもし起きてた? こんな時間にごめんね」
「や、や、まだ起きてたから大丈夫」
「メール見たぁ?」
「う、うん。でも気付いたの遅くてさ、でさ、あの、もう時間も時間だし、と思って・・・」
「ふふ、すごい早口(笑) あけましておめでとうございます」
「お、おめでとう」
「今年もよろしくお願い申し上げます~。ふふ」
「うん。こちらこそ・・・」
「・・・あっ・・・あのね」
「うん?」
「・・・あのさ・・・紅白とガキ使どっち見た?」

他愛もない話を少しして「じゃあ3学期に学校でね」と電話は切れた。言いたいことの1%も言えなかった。きっと3学期が始まってもこんな調子で、あっという間に卒業式はやってくるんだろう。思えば高3の一年間はのっちとの距離ばかり測っていた。

卒業してもメールのやり取りくらいは少しの間、続くかもしれない。でもそのうち、のっちからメールは来なくなることを僕は知っている。のっちから来なくなったら、僕からメールすることはできないこともわかってる。

もっと話しておけばよかった。もっといろんな顔を見ておけばよかった。急に色々な後悔が押し寄せてきて胸が苦しくなった。

もう、寝よう。

寝支度をしていたら、またメールが来た。のっちからだった。


【送信者】 大本 携帯
【件名】 なし
【本文】 何度もごめんね。さっき言えなかったから・・・。卒業までに君と思い出作りたいよ。ダメかな?


心臓がきゅうっとして身体が熱くなった。少し泣いてしまった。メールで返信じゃいけない気がして、僕はのっちに電話をかけた。

卒業後の未来に希望なんてあまり持っていない。ただ、これから作るふたりの思い出があれば、なんとかやっていける気がした。君がいずれそれを忘れてしまうとしても。