荒井注カラオケBOXツイートまとめ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

妄想ツイーティング・ザ・オール・ナイト

のっちみくじ

こんな小さな町の小さな神社にも、正月はそれなりの数の人々が初詣に来る。僕は毎年、人の多い元日を避けて2日に詣でるようにしていた。

 

今年も2日の午後にコートを着て家を出た。神社までは歩いて5分ほどだ。破魔矢を持ってはしゃぐ子供とすれ違う。少し風があるけど、今年はあまり寒くないな・・・と思いながら鳥居をくぐり境内に入った。

 

10分も並べばお参りできそうな行列の最後尾についたところで、あっと気が付いた。財布を家に忘れてきた。僕は別に賽銭をいくら投げたところで、どれだけ熱心に願ったところで、なにがどうなるとも思っていない。毎年初詣に来るのは、なんとなくの習慣でしかなかった。新たな年を迎えて、最初に打つことにしている句読点のようなものだ。

 

とはいえ、賽銭なしではなんとなく気が引けて、僕はいったん列を離れた。財布、家まで取りに帰るかなぁ、と考えていると後ろから肩を叩かれた。

 

「どうしたの?」

「うわっ、大本!」

「うわっ! ってことないでしょ。明けましておめでとう」

「お、おめでとう・・・」

 

10分後に関係の進展をお願いしようと思っていた相手、のっちが不意に現れて心臓が高鳴った。

 

「君、毎年ここに初詣来るの?」

「う、うん。大本も?」

「うちは毎年、電車でもっと大きな神社に行ってたんだけどね。今年は行かないことになったから」

「そ、そっか」

「お参りしないの? 列から抜けたでしょ」

「や、あの、財布忘れちゃってて・・・」

「あははは。あわや無銭参拝!」

「うん、だからいったん帰ろうかなって」

「お賽銭の額とか決めてるの?」

「ううん、いつも適当だけど」

「じゃあ大丈夫だよ」

 

とのっちは自分の財布を覗きこんで「あ、あった」と5円玉を取り出した。

 

「ほら、ご縁があるよ。これでお参りすればいいよ」

「なんか僕のご利益にならなさそうなんだけど・・・」

「私的には問題なし!」

 

のっちにご利益がいく分には、僕にとっても全く問題はなかった。

 

「じゃ、じゃあ、ありがとう。3学期に返すよ」

「いいよそんなw お年玉だと思いなよ」

「お年玉にしては少ないなぁ」

「もーぜいたく! 最近の子供は!」

 

正月から他愛もない会話でのっちと笑い合える喜びに浸っていたら、お参りの順番があっという間に来た。のっちは100円玉を賽銭箱に放り投げて、なにか熱心にお願いをしていた。僕はのっちにもらった5円玉を投げて、お願いというよりこの状況を作ってくれたことにただただ感謝していた。

 

「私、おみくじ引いてくる! 君も引く?」

「や、や、僕はいいよ」

「また遠慮してー」

「や、ほんと、僕はいい」

 

毎年、お参りの後にはおみくじを引いていたけど、さすがにおみくじ代まで出してもらうのは悪いので僕は頑なに断った。大凶なんか引いてこの気分に水を差されるのも嫌だし、僕はこういう時に大凶を引く奴なのだ。

 

おみくじを真剣に選んでいるのっちを少し離れたところから見ていたら、選んだおみくじを開いたのっちが、笑顔でこっちを振り返った。なんかカップルみたいだな、と思ったらまた心臓が高鳴ってきた。のっちが駆け寄ってくる。

 

「だいきちーーー!!」

「おー!」

「やった! いい年確定!」

「よかったね」

 

本当に小さな神社だから、お参りしておみくじ引いたら、もうすることがない。財布があればお茶でも誘えるのになぁ、なんて考えてみたけど、財布を持っていてもきっと誘う勇気なんて無い。楽しい時間が終わろうとしているのを感じて切なくなった。

 

「でも、君もおみくじ引けばいいのに。新年最初の運試しだよ」

「いや、ほんとにいいよ僕」

「ふーん。・・・あっ、じゃあちょっと待って」

「?」

 

のっちは鞄から手帳を出して頁を切り取り、後ろを向いてなにか作り始めた。

 

「なにしてんの?」

「待って。もう少しでできるから」

「うん・・・」

「・・・できた!」

 

のっちは6つに切って折りたたんだ細い紙片を掌に乗せて、ドキッとするくらいの笑顔で僕を見た。

 

「これはのっちお手製の『のっちみくじ』でございます」

「のっち・・・みくじ・・・」

「本当は一回1万円のところ、今日は特別に無料で引かせてあげましょう」

「・・・ははは・・・」

「あっ、言っとくけど!」

「ん?」

「私『全部大吉でしたー』みたいなの嫌いだから、ちゃんと大凶もあるし、あと他にもいろいろあるよ」

「大凶もあるのかー」

「当然! よーく選んで引いてね」

 

なんとなく、ここで「大吉」を引いたら、さっきのお参りよりもご利益があるような気がして、真剣に選んだ。

 

「これ・・・じゃなくて・・・これ!」

「あっ・・・それ?」

「うん、これ」

「うん・・・じゃあ開けてみて」

 

のっちの反応が少しおかしかった。

 

「あれっ、ひょっとしてこれ大凶?」

「教えない! 開けてみればいいじゃん」

「えー、他のにしようかな・・・」

「もー、決断力の欠如!」

「わ、わかったよ。じゃあこれ開ける」

「・・・」

 

のっちみくじを開けようとする僕を、のっちは妙な顔で見ていた。僕はわざと勿体をつけて、ゆっくりと左端から開いた。

 

「・・・大!」

 

大、という字が見えた。続く文字が大事だ。吉か凶か。変な緊張感で手汗が出てきたので、いったん息をついて続きをゆっくりと開いた時。

 

「あっ!」

「ああー!」

 

強めの北風が吹いて、のっちみくじは飛ばされてしまった。慌てて目で追ったのだけど、もともと小さな紙片は、冬の風景に溶けて消えたように、どこにいったのかわからなくなってしまった。

 

「あー・・・」

「・・・」

 

二人とも黙ってしまった。のっちは相変わらず曖昧な顔をしていた。僕は申し訳ない、というよりもなんて言ったらいいのかわからなかった。

 

 

 

のっちと気まずく別れて、僕は帰り道を歩いていた。のっちは僕がくじを見ていないと思っているだろうか。あれはのっちの冗談なのか、なんなのか。僕の心臓はまだ高鳴ったまま、コートなんて脱いでしまいたいほど身体が熱くなっていた。

 

「大」の続きには「好」という字が書かれていたのだ。